海自がやってる、「遠洋練習航海」ってのがある…(その1)

http://www.mod.go.jp/msdf/operation/training/enyo/2018/

「平成30年度遠洋練習航海
遠洋練習航海とは
海上自衛隊の遠洋練習航海は、(海上自衛隊幹部候補生学校の一般幹部候補生課程を卒業した)初級幹部に対し、外洋航海を通じて、学校等において修得した知識・技能を実地に修得させるとともに、慣海性をかん養し、幹部自衛官として必要な資質を育成するために実施しております。
また、諸外国を訪問することにより、派遣員の国際感覚のかん養に資するとともに友好親善の増進にも寄与しています。
昭和32年以降、毎年、実施しており、平成30年度で62回目となります。」、と言うようなものだ。
海上自衛隊幹部候補生学校(昔の海軍兵学校だ)卒の将来の士官候補生達に、外洋航海させて、「慣海性をかん養」する(まあ、勝海舟みたいに、海軍奉行のくせに船酔いが酷くて、外洋を航行すると、船室から一歩も出られなかった…、と言うんじゃ、ちょっとみっともないからな…。まあ、勝海舟の値打ちは、そういうところには、無かったんだろうがな…)と共に、各国の海軍士官と交流して、友好親善を促進し、国際感覚も養おう、というものだ。
有り体に言えば、日本の「シーレーン確保」の策の、一環というわけだろう。
驚いたのは、昭和32年から毎年実施されていて、今年で62回目になるということだ。
国内マスコミでは、全く報道されていないんで、全く知らなかった。
海自のホームページにアクセスして初めて、知った。
なるほど、そういう地道な活動の上に、オレらの日常の安穏な生活が乗っかっているわけだ…。
上記のURLにアクセスすると、動画や写真がたくさん挙がっている。
日本国民のはしくれとして、彼らに感謝し、陰ながら応援する意味で、ここに一部の写真を転載し、拡散することに一役買おうと思う。

遠洋練習航海、航路概要は、こんな感じのものだ。
遠洋練習航海、航路概要_s

文章で説明すると、
「平成30年度遠洋練習航海について
期間
平成30年5月21日(月)~10月30日(火)(163日間)

派遣部隊
指揮官 練習艦隊司令官 海将補 泉 博之(いずみ ひろゆき)
艦長 練習艦「かしま」 1等海佐 金子 純一(かねこ じゅんいち)
護衛艦「まきなみ」 艦長 2等海佐 大日方 孝行(おびなた たかゆき)
派遣人員 第68期一般幹部候補生課程修了者約190名(うちタイ王国海軍少尉1名)を含む約580名
訪問予定国(10カ国、12寄港地)
インドネシア共和国(ジャカルタ)
アラブ首長国連邦(フジャイラ、アブダビ)
バーレーン(ミナサルマン)
サウジアラビア王国(ジッダ)
スペイン(バルセロナ)
スェーデン王国(ストックホルム)
フィンランド共和国(ヘルシンキ)
グレートブリテン及び北アイルランド連合王国(ポーツマス)
メキシコ合衆国(マンサニージョ)
アメリカ合衆国(ノーフォーク、パールハーバー)
総航程 約58,000km」
というようなもので、5か月以上に渡って洋上を航海し、地球を一周する、というものだ。
大航海だな…。タイ王国海軍少尉も1名参加しているようだ…。
しかも、ただ航海するだけじゃない。洋上で各種の訓練をこなしながらだ…。また、各国の海軍と、合同で演習をやりながらだ…。また、各寄港先で各種の歓迎セレモニーを、こなしながらだ(キチンと正装して、臨んでいる)…。
そうやって、日本海軍(呼称は、海上自衛隊だがな)の実力と、威容を示し、寄港先に好印象を与えるべく、任務を遂行しているんだよ。

それじゃ、写真を貼って行こう。
呉出港
呉出港_s

出国行事
出国行事_s
子供がいる人も、いるようだ…。「早くかえってちてね」とか、言ってるのかもな…。
上記のマップによると、「横須賀」から出国したとあるが、一枚目は「呉出港」だ。西日本組は呉に、東日本組は横須賀に集結でもしたものか…。

洋上訓練
洋上訓練等(ヘリ)_s

洋上訓練9_s
艦載ヘリの、発・着艦訓練のようだ…。

フィリピン周辺海域に入った。
その時、行われたのが、次のセレモニーだ。

レイテ沖 洋上慰霊祭
レイテ沖 洋上慰霊祭_s

 大日本帝国海軍は、太平洋戦争において、三つの大海戦を戦っている。
 ミッドウェー海戦( https://ja.wikipedia.org/wiki/ミッドウェー海戦 )、マリアナ沖海戦( https://ja.wikipedia.org/wiki/マリアナ沖海戦 )、レイテ沖海戦  ( https://ja.wikipedia.org/wiki/レイテ沖海戦 )の三つだ。
 最初のミッドウェー海戦で、空母と艦載機と重要な戦艦と多くの指揮官や戦闘員を失い、後の作戦行動は、著しく不利な戦いとなった。
 しかも、初戦のミッドウェー海戦は、敵が集結している基地を、こちらから出向いて行って、叩こうとしたものだ。
 長官の山本五十六は、米国留学組だ。米国の生産力、国力の分厚さは、知り抜いていたことだろう…。それで、いずれジリ貧になることは、目に見えている…、守りを固めていたところで、勝ち目は無い、一か八かの短期決戦をするしかない、という戦略を立てたんだろう…。
まあ、真田幸村が、3千の兵力で2万の徳川軍に突入して、家康の首級を挙げようとしたのと、同じようなものですな…。

 その結果、第二戦のマリアナ沖海戦でも、「マリアナ沖海戦の敗北、それに伴うあ号作戦の失敗は、日本の戦争継続に大きな影響を及ぼした。全力をあげての決戦で、機動部隊は3隻の空母、搭載機、搭乗員の多くを失い再起不能となった。基地航空部隊も壊滅して作戦継続不能の判断のもと、被害防止対策、特攻使用などの打開策が必要になり、当分反撃戦力を有しない状況となった。マリアナ、ビアクの失陥は連合軍にフィリピン、沖縄進攻の重要拠点を与える結果になった。アメリカのマリアナ基地獲得は大型機による日本本土空襲を可能にし、潜水艦も活発に前進できるようになり、フィリピン進攻に必要な要地攻略が容易になった。さらにあ号作戦の失敗で東条英機内閣の総辞職が行われた」という結果となった。

 それでも、残存戦力を掻き集め、乾坤一擲の戦いを挑んだのが、第三戦のレイテ沖海戦だ。
 その時の参謀達のやり取りが(関係記録とか、関係者への聞き取りとかで、後に再構成したものだろう)Wikiに載っているので、引用しておこう。
『第一遊撃部隊を船団攻撃のためレイテ湾に突入させるという作戦を聞いた小柳少将は、神大佐と以下の議論をしたと証言している。
小柳 第2艦隊参謀長
「この計画は、敵主力との撃滅を放棄して、敵輸送船団を作戦目標としているがこれは戦理の常道から外れた奇道である。我々は飽くまで敵主力撃滅をもって第1目標となすべきと考えているのだが。」
神 連合艦隊参謀
「敵主力の撃滅には、機動部隊の航空兵力が必要です。しかしサイパン攻防戦で大打撃を受けた機動部隊と航空隊の再建には、少なくとも半年の日時が必要です。いまは、その余裕が全くありません。同時に敵が次の目標としているのがフィリピンであることは明白です。そこでフィリピンの基地航空兵力と呼応して、第一遊撃部隊の全力をもって敵上陸船団を撃滅していただきたい。それがこの作戦の主眼なのです。」

小柳
「よろしい、敵の港湾に突入してまで輸送船団を撃滅しろというなら、それもやりましょう。一体、聯合艦隊司令部はこの突入作戦で水上部隊を潰してしまっても構わぬ決心なのですか?」


「フィリピンを取られたら本土は南方と遮断され、日本は干上がってしまいます。そうなってはどんな艦隊をもっていても宝の持ち腐れです。どうあってもフィリピンを手放すわけにはいきません。したがって、この一戦に聯合艦隊をすり潰しても、フィリピンを確保できるのなら、あえて悔いはありません。国破れてなんの艦隊やある。殴り込みあるのみです。これが長官のご決心です。」

小柳
「そうですか。連合艦隊長官がそれだけの決心をしておられるのなら、よくわかった。ただし突入作戦は簡単に出来るものではありません。敵艦隊はその全力を挙げてこれを阻止するでしょう。したがって、好むと好まざるとを問わず、敵主力との決戦なくして突入作戦を実現するなどということは不可能です。よって、栗田艦隊はご命令どおり輸送船団を目指して敵港湾に突進するが、万一、途中で敵主力部隊と対立し、二者いずれかを選ぶべきやという場合、輸送船団をすてて、敵主力の撃滅に専念します、差支えありませんか?」

「差し支えありません。」

小柳
「このことは大事な点であるから、よく長官に申し上げて欲しい。」


「承知しました。」
(佐藤和正『レイテ沖海戦~日米海軍最後の大激突』上巻より)』
 
 いやいや、「国破れてなんの艦隊やある。殴り込みあるのみです。」とか、ヤクザのカチ込みじゃないんだから、もっと冷静に慎重に利益衡量しろよ、と言いたくなる話しだな…。

 その結果、
『日本軍
1.損失 戦艦:武蔵、扶桑、山城
航空母艦:瑞鶴、瑞鳳、千歳、千代田
重巡洋艦:愛宕、摩耶、鳥海、最上、鈴谷、筑摩
軽巡洋艦:能代、多摩、阿武隈、鬼怒
駆逐艦:野分、藤波、早霜、朝雲、山雲、満潮、初月、秋月、若葉、不知火、浦波
潜水艦:伊26、伊45、伊54

2.損傷(作戦途上で後退した艦艇) 重巡洋艦:高雄、妙高、熊野、青葉、那智
駆逐艦:初霜、浜風

※この他にも参加艦艇の多くに損傷有り。また作戦参加後の内地帰還時に戦艦金剛(11/21)、重巡洋艦熊野(11/25)、駆逐艦浦風(11/21)がアメリカ軍の攻撃により沈没。一部の艦艇は内地帰還前にマニラ湾に進出[注釈 69]し、レイテ島への増援輸送作戦多号作戦などに投入され重巡洋艦那智(11/5)、駆逐艦島風(11/11)、若月(11/11)、長波(11/11)、浜波(11/11)、初春(11/13)、沖波(11/13)、秋霜(11/14)、曙(11/14)、桑(12/3)、岸波(12/4)、らがレイテ島を巡る攻防で失われた。』という結果となった。
 
 その結果、多くの将官・乗員がレイテ沖に沈んだ艦船とともに海の藻屑となったんだよ…。

レイテ沖海戦図
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