『強制執行と債務名義の話し』(その1)

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ここまで、簡単に金銭債権を持っていると、すぐにも強制執行を掛けて、債務
者(金を借りてる人)の財産を強制的に換金できるような感じで記述してきた。
しかし、そう簡単な話ではない。
と言うのは、「私は、○○さんに対して金銭債権を有しています(100万円
のお金を貸しています)。」と言ったところで、本当かどうか分からないからだ。
さらに、その話が本当だとして、実際に強制執行を制度として運用していく
には、迅速に、しかも債務者(金を借りてる人)に知られないように執行していく
(強制執行の「密行性」と言われる)必要がある。債務者が、財産を隠したりして
執行されることを妨害することも、予想されるからだ。
そこで、本当に金銭債権なんかを有しているのか確定する手続きと、確定した
場合に実際に強制執行を実現していく手続きを別々にして、それぞれ制度を組み
立てている。
前者が「民事訴訟手続」で、後者が「民事執行手続」だ。それぞれ、「民事
訴訟法」と言う法律と「民事執行法」と言う法律で、主に規定されている
豆知識として、あの三島由紀夫(本名「平岡公威(ひらおかきみたけ)」)
は、学習院高等科を首席で卒業。卒業生総代となった。後に、東大法学部に進学
し、独法(ドイツ法)を専攻したという変わり種だ(親父は、高等文官試験合格の
内務官僚だ)。
『東京大学法学部に在学中、團藤重光(だんどうしげみつ)(※ 戦後、刑事法の
大斗。戦後の刑事訴訟法は、この人が作ったと言われている。最高裁の裁判官も
務めた。2012年6月26日に死去(98才だった))から刑事訴訟法を学び、その
論理的な体系に大きな感銘を受けたのは有名な話だ。
一方、團藤のほうは、三島が刑法も学んでいれば、あのような最期とはなら
なかっただろうと語っている。論理性を貫徹できる手続法と現実の問題に直面する
実体法とは、確かに異なる。…
観念の世界では、論理をいかようにも駆使できる。しかし、現実の世界は非合
理に満ち溢れ、人々はそれと向き合い、なんとか折り合いをつけて生きている。
論理によって現実を完全に支配しようとするのは、無謀で破滅的な行為である。
…』という話しもある。紹介しとくぞ。
まあ、民事訴訟法の方は、民事法関係全体が「私的自治の原則」ってのに貫か
れていて(要するに、自分の財産関係は自分が自由に処分できるという原則だ)、
刑事法関係と比較すると、相当弾力的なんだがな。それが、手続法たる民事訴訟
法にも反映されていて、ゴリゴリの杓子定規なものでもない。だから、精緻な
論理性で組み立てられている、という程のものでもない。三島も、民事法をやれば
良かったのにな…。